東京地方裁判所 平成元年(ワ)17142号 判決 1991年7月31日
原告 株式会社東京相和銀行
右代表者代表取締役 前田和一郎
右訴訟代理人弁護士 春田政義
被告 グリーン産業機器株式会社
右代表者代表取締役 有賀信弘
被告 鈴木利宏
右訴訟代理人弁護士 山﨑和義
主文
一 被告グリーン産業機器株式会社は、原告に対し、金九七六四万六九五八円及び内金七七一〇万円に対する昭和六二年六月二日から、内金七〇〇万円に対する同年八月二一日から、内金九七九万三六九二円に対する同年三月七日から、内金三六三万〇五二七円に対する同年四月一日から各完済に至るまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。
二 被告鈴木利宏は、原告に対し、金一三九三万三五六七円及び内金五〇〇万円に対する昭和六二年六月二日から、内金七〇〇万円に対する同年八月二一日から、内金一八一万〇八二八円に対する同年四月一日から各完済に至るまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。
三 原告の被告鈴木利宏に対するその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、原告と被告グリーン産業機器株式会社との間においては、全部被告グリーン産業機器株式会社の負担とし、原告と被告鈴木利宏との間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告鈴木利宏の負担とし、その余は各自の負担とする。
五 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して、金九七六四万六九五八円及び内金七七一〇万円に対する昭和六二年六月二日から、内金七〇〇万円に対する同年八月二一日から、内金九七九万三六九二円に対する同年三月七日から、内金三六三万〇五二七円に対する同年四月一日から各完済に至るまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実
1 原告(当時の商号は、株式会社東京相互銀行。取扱は、銀座支店。)は、昭和六一年六月三〇日、被告グリーン産業機器株式会社(以下「被告会社」という。)との間に、手形貸付、外国為替その他一切の取引に関し、被告会社がこれらの取引により生じた債務を履行しなかった場合には年一八・二五パーセントの割合による損害金を支払う旨の内容を含む基本的約定である相互銀行取引約定を締結し、被告鈴木利宏(以下「被告鈴木」という。)は、原告に対し、同日、被告会社の同約定に基づく債務について同被告と連帯して保証債務を負うことを約した。以下「本件連帯保証」という(争いがない)。
2 原告は、被告会社に対し、前記相互銀行取引約定に基づき左記のとおり金員を貸し渡した(以下「本件(一)の貸付け」のようにいう。)が、被告会社はいずれも約定期日に元金の支払をせず、また、左記(二)の貸付けについては貸付けの際利息は年八パーセントとする旨の合意があったところ、昭和六二年六月二日から同年八月二〇日までの間(八〇日間)の同割合による約定利息金一二万二七三九円も支払わない。
3 被告会社は昭和六一年五月二三日設立された。被告鈴木は、そのころ、有賀信弘(以下「有賀」という。)と共に被告会社の代表取締役に就任した。(証人杉山、被告鈴木、弁論の全趣旨)
4 被告鈴木は、昭和六一年一〇月一五日、有賀に対し、被告会社の代表取締役を辞任する旨申し出るとともに、同日付で、「有賀は、岡本正勝とともに、脅迫を用いて、被告鈴木に対し、被告鈴木の所有にかかる土地、建物に七〇〇万円の抵当権を設定させたり、五〇〇万円を銀行から無理矢理借り出させたりした。」等として、有賀を麻布警察署長宛に強要罪で告訴した。(被告鈴木、乙三1、2、四、八)
5 被告鈴木は、昭和六一年一〇月二八日、原告の銀座支店副支店長杉山茂(以下「杉山」という。)宛に、「被告鈴木は同年同月一四日付で被告会社の代表取締役を辞任し、同社を退職したので、以後被告会社とは一切関係がない。」、「被告鈴木は有賀とも一切関係がないので、同人が被告鈴木の名を使って借入れ等の話をしてきても、一切取り合わないようにしてほしい。」旨の文書を送り、同文書は、同年同月一九日に原告の銀座支店に到達した。(乙一、二各1、2、被告鈴木)
6 有賀は、右4の告訴の結果、昭和六一年一一月六日起訴された。
二 原告の主張
原告は、前記一1、2の事実に基づき、被告会社に対しては消費貸借、被告鈴木に対しては連帯保証に基づき、本件(一)ないし(一五)の貸付けにかかる元金総額金九七五二万四二一九円と本件(二)の貸付けについての未収利息金一二万二七三九円の合計金九七六四万六九五八円及び内金七七一〇万円(本件(一)、(三)ないし(六)の貸付けにかかる元金の合計額)に対する弁済期の翌日である昭和六二年六月二日から、内金七〇〇万円(本件(二)の貸付けにかかる元金)に対する弁済期の翌日である同年八月二一日から、内金九七九万三六九二円(本件(七)の貸付けにかかる元金)に対する弁済期の翌日である同年三月七日から、内金三六三万〇五二七円(本件(八)ないし(一五)の貸付けにかかる元金の合計額)に対する弁済期の翌日である同年四月一日から各完済に至るまで年一八・二五パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を連帯してなすことを求めた。
三 被告鈴木の主張
被告鈴木は、前記一4ないし6の事実に基づき、原告は、遅くとも昭和六一年一〇月二九日には、前記一5のとおり、被告鈴木から、同人が同年同月一四日付で被告会社の代表取締役を辞任するとともに同会社を退社し、以後被告会社と一切の関係がなくなった旨、今後は有賀とも無関係なので有賀が被告鈴木の名を用いて借入れの申込みをしても一切取り合わないように願いたい旨の連絡・警告を文書で受けたのにかかわらず(同文書を、以下「本件文書」という。)、調査する等何らの対応措置をとることなく、以後においても、被告鈴木を代表者として表示する被告会社に対し漫然と多額の貸付けを繰り返して行い、結局貸付金を回収できなかったのであるから、回収できなかったのは一重に原告自身の責任によるものであって、本件文書が原告に到達した日の翌日である昭和六一年一〇月二九日以降になされた被告会社に対する貸付けについて被告鈴木に対し連帯保証人としての責任を追及するのは、信義則に反し、権利の濫用として許されない。
本件(三)ないし(七)の貸付け、(九)ないし(三)の貸付けがこれに当たるのは勿論のこと、本件(一)、(二)の貸付けも昭和六二年五月三〇日に融資し直されており、弁済のためにその際書き換えられた手形によって、旧債務は消滅し、これと異なる新しい債務が発生したと認めるべきであるからこれに当たる。
四 被告会社は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しないから、請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。
五 争点
1 被告鈴木から送付された本件文書が原告の銀座支店に到達した昭和六一年一〇月二九日以後原告が被告会社に対してなした貸付けにつき、原告が被告鈴木に対し連帯保証に基づきその元金等の支払を求めることは、権利の濫用として許されないか。
2 本件(一)、(二)の貸付につき、同貸付けは本件文書到達前になされた貸付けであるとして、原告が被告鈴木に対し連帯保証に基づき元金等の支払を求めることは許されるか。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 ≪証拠≫によれば左記の事実が認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。
記
(一) 被告鈴木は、昭和六一年一、二月ごろ、かねてから勤めていた株式会社豊香の社長松浦謙の紹介で有賀と知り合い、有賀等の勧めにより松浦が出資し、同年五月二三日に設立された被告会社の代表取締役に、松浦の指示を受けてなった。
(二) 七月一日、被告会社が原告の銀座支店と取引を開始するに先立ち、被告鈴木は、被告会社の代表取締役であった関係で、被告会社が原告との間でなす一切の取引に関して生じた債務全部について連帯保証する旨の所謂極度額の定めのない連帯根保証(本件連帯保証)をした。
(三) 松浦は、有賀から、有賀は国内の牧畜業者に非常に顔がきくから、一緒に新会社を作り、株式会社豊香が有しているランドセイバーという牧草の速成栽培機の独占輸入販売権を使って栽培機の輸入販売の仕事をやれば、十分に利益をあげられる旨言われ、これを信じて、被告会社に多額の出資をすると共に、自らその役員の地位に就いていたが、その後同説明内容に現実との食い違いがあることに気付き、昭和六一年七月には役員を辞めた。
(四) 被告鈴木は右(三)の事情を知り、自分も被告会社の代表取締役を辞めたいと考えるようになり、その後有賀らから恐喝まがいの押し付け商法で栽培機を売るように迫られるようになり、更には、栽培機の売買代金の支払が最長期五年先の分割払の手形によってなされることになったことに因縁をつけられ、、自宅のある自己所有の土地、建物に抵当権を設定のうえ五〇〇万円を銀行から借り受けさせられ、その全額を被告会社に使われたりしたため、被告鈴木は、意を決して、前記第二、一4のとおり、被告会社の代表取締役を辞するとともに、これらの行為に関し有賀らを告訴し、その旨を、今後有賀とは無関係なので有賀が被告鈴木の名を用いて借入れの申込みをしても一切取り合わないように願いたい旨の連絡・警告とともに記載した本件文書を、原告の銀座支店副支店長杉山宛に郵便で送付した。
(五) 本件文書は、昭和六一年一〇月二九日、原告の銀後支店に配達された。しかし、杉山は、これに先立ち、同年一〇月一五日付で原告の本店研修部に異動となっていたため、引継期間を含め同年一〇月二〇日までしか原告の銀座支店に勤務しておらず、その結果本件文書を原告の銀座支店で受領することはなく、また本件文書が原告の本店にまわってくることもなかったため、結局、当時、本件文書の内容を了知しなかった。
(六) 原告の銀座支店では、本件文書を契機にして調査等の対応措置を何ら採らぬまま、昭和六一年一〇月二九日以後も被告会社との取引を継続し、新らたに本件(三)ないし(七)、(九)ないし(一二)の貸付けをした他、本件(一)、(二)の貸付けについても、各弁済期日の後の日である昭和六二年五月三〇日、支払期日を本件(一)の貸付けについては同年六月一日、本件(二)の貸付けについては同年八月二〇日とする約束手形を被告会社に振り出させた。
(七) 右(六)の被告会社の各行為は、いずれも、有賀が、代表取締役に被告鈴木の名前が記載されている被告会社のゴム印を用い、又は被告会社の代表取締役に被告鈴木の名前を記載してなしたものである。
2 そこで検討するに、①本件連帯保証は右1(二)のとおり極度額の定めのない連帯根保証であること、②弁論の全趣旨によれば、被告鈴木がかかる本件連帯保証をしたのは自らが被告会社の代表取締役の地位にあったからであることは原告もこれを認識していたと認められること、③右1(一)、(三)、(四)の事実及び前記第二、一、6の事実によれば、被告鈴木が被告会社の代表取締役を辞任し、同社を退職したのは已むを得ない事情によるものであると認められ、しかも、被告鈴木は、本件文書によって、これらの事情を原告に知らせると共に、被告鈴木は以後被告会社及び有賀とは一切関係がないので、被告鈴木の名前を使って貸付けの申込みがあっても取り合わないで欲しい旨連絡し、被告鈴木としては、自らの責任を免れるとともに原告に不測の損害を生じさせることのないよう、採り得べき措置を採ったと認められること、④右1(七)のとおり、原告は、本件文書が原告の銀座支店に到達後も、調査等何らの対応措置を採ることなく、被告鈴木を代表取締役と記載した書面により、具体的には有賀を窓口として被告会社との間で取引をなしたことに照らし、本件文書が原告の銀座支店に到達した日の翌日である昭和六一年一〇月二九日以後原告が被告会社に対してなした貸付けにつき、原告が被告鈴木に対し連帯保証に基づき元金等の支払を求めることは権利の濫用として許されないと解すべきである。極度額の定めのない包括根保証は、その責任の重さに照らし、そもそも、特段の事情のない限り、保証当時予想し得た取引を限度とすると解するのが当事者の意思に合致すると考えられるし、本件文書を受け取った以上、原告においては、その内容の真偽を調査し、新らたな貸付けはしないこともできたのあって、被告鈴木が以後連帯保証しないことによる将来の損害の発生は阻止し得たからである。
3 なお、右1(五)のとおり、本件文書の名宛人であった杉山は、折りしも転勤と重なり本件文書の内容を当時了知していなかったことが認められるが、右1(四)のとおり、本件文書は原告の銀座支店の所在地を住所として、副支店長である杉山宛に送付されているので、これを本社にいる杉山に転送しなかったことや杉山の後任者にこれを報告しなかったのは、原告内部における連絡不行届と解すべきであるから、その不行届によって生じた損害の負担を被告鈴木に求めることは許されず、したがって、これによって、前記判断は何ら左右されない。
二 争点2について
1 ≪証拠≫によれば、昭和六二年五月三〇日に被告会社によって振り出された約束手形は、本件(一)、(二)の貸付けをなすに当たって差し入れられた額面五〇〇万円、額面七〇〇万円の各約束手形の書き替え分であり、これらは、本件(一)、(二)の貸付けの弁済期限を、本件(一)の貸付けについては同年六月一日まで、本件(二)の貸付けについては同年八月二〇日まで延期したものであると認められ、したがって、本件(一)、(二)の貸付けについて、本件文書が原告に到達する前になされた貸付けであるとして、原告が被告鈴木に対し連帯保証に基づき元金等の支払を求めることは当然許される権利行使であって何ら問題はない。
2 なお、この点について、被告鈴木は、昭和六二年五月三〇日に振り出された前記約束手形によって原告により被告会社に対して新らたな貸付けがなされたのであって、本件(一)、(二)の貸付けにより借り入れた金員は右新らたに借り受けた金員によって既に弁済された旨主張するが、甲第三号証の約束手形に記入された貸付番号は本件(一)の貸付けに当たって作成された甲第二三号証の一に記入された貸付番号と同一であり、甲第四号証の約束手形に記入された貸付番号は本件(二)の貸付けに当たって作成された甲第二四号証の一に記入された貸付番号と同一であること、本件全証拠によっても、甲第三、第四号証の約束手形の振出日である昭和六二年五月三〇日ごろ、被告会社が借入申込書を作成したり、原告が被告会社に対し融資するか否かについての稟議をしたとの事実は窺われず、結局同主張を裏付ける証拠はなく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
三 したがって、原告の被告会社に対する本訴請求は全て理由があるからこれを認容し、原告の被告鈴木に対する本訴請求は、昭和六一年一〇月二八日以前になされた貸付けである本件(一)、(二)、(八)、(一三)ないし(一五)の貸付けに基づく元金合計一三八一万〇八二八円、本件(二)の貸付けに基づく約定利息一二万二七三九円、右各貸付けについての各履行期日の翌日から支払済みまで約定利率年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却する。
(裁判官 川口代志子)